再び有明山神社へ

2017年12月24日、理事のY・Mさんと再び有明山神社を訪れました。
前回訪問の後、二十四孝等彫刻のモチーフについて少し勉強してきたので、今回は裕明門にある好古斎の彫刻を若干余裕をもって見ることが出来ました。それにしても、十二支、猫、二十四孝、仙人、龍、鳳凰、その他の神獣、何かの植物、と多くのものが彫られている。良くこれだけのものを一人で彫ったものだ。本当に一人で彫ったのだろうか?今となっては分からないが、旧林家仏壇の彫刻とよく似た「感触」みたいなものが見てとれる。
拝殿でお参りをした後、神社の方とお話をする事が出来ました。この神社、以前はもっと標高の低い地にあったのだが、明治時代にこの地に再建された事。神門は日光東照宮の陽明門に模して作られ、裕明門と言う事。拝殿の梁には天岩戸の神話が彫られている事。などを聞いているうちに、「蒼渓原田」と墨書された扁額が掲げられていることに気づいた。
蒼渓といえば、清水虎吉の兄弟弟子・・原田倖三の号だ。良く見れば号の下の朱印は「原田倖三」と読める。扁額はレリーフ状で後ろに小さく大勢の神々、前に大きく二人の神がいる。神話の場面とすれば、前の神は、手力雄命(たじからおのみこと)と天鈿女命(あめのうずめのみこと)だろうか?神社の方に扁額について伺ったが、「良く分からない」という事でした。
なぜ、「蒼渓原田」の扁額があるのだろう?
原田倖三は清水虎吉とは立川流富種門下の兄弟弟子であるが、21歳年上である。この門の彫刻の完成する頃は虎吉47歳、倖三68歳、だったはずだ。全くの想像だが、裕明門の仕事を「諏訪立川流」に依頼したが、倖三はもう大作品には取り組めず扁額の寄贈のみした・・・。という事か?ちなみに、清水虎吉は10年後の57歳、原田倖三は5年後の73歳で亡くなっている。
ともあれ、再び好古斎の作品を堪能することが出来ました。
帰ったら、旧林家住宅の彫刻をもう一度じっくり見てみようと思います。       K・M記