それは一般公開から始まった
旧林家住宅日誌
2020年1月30日木曜日、10年ぶりに説明員として1日勤務した。コロナ騒動で誰も来ないであろう1日を思いながら改めて引率案内・説明方式を今も続けてくれていることに感慨深い思いがわいてきた。
旧林家住宅の引率方式はこうして始まった‼
1994年5月1日、旧林家住宅は一般公開を始めた。公開の式典はその前の4月21日に、教育委員会は関係者の外に地域の市民を招待して開場式典を行った。春とはいえ少し肌寒い穏やかな好天の日であったと記憶している。
地域の皆さんはこれまでお世話になった御倉町のみなさんであった。開場に先立って80名ほどの皆さんが、玄関前ににぎやかに並んでいた。内玄関は大戸を持ち上げていっぱいに開き、外の陽光がまぶしいほどに目に入ってくる。教育長以下、職員、説明役のふるさとの製糸を考える会会員が寄り付きの間にならんでさあ迎え入れようとしたその時、一人に小柄な恰幅の良いご婦人が発した一言に、一瞬あたりが凍り付いたように静まり返った。「工女搾取してこんなもんつくったのか」。
時間が止まったような沈黙はほんの一瞬だった。心臓が止まるような衝撃を受け、思わず隣にいた教育長の顔を見てしまった、がすぐに「サー中に入ってください」とありったけの大きな声で笑いながら言うほか言葉が出なかったと、記憶している。
思わず口に出てしまったのであろうか、言った本人も空気を察して苦い笑いをしていた。周りも聞かなかったようにまた元のにぎやかさに戻ったが、みんなこの声をどういうように感じたのだろうか。
一番気にしていた「工女哀史」を事前にどう説明するか学習はしていたものの、面と向かって声高に言う人が現れるとは想像だにしていなかったのだ。一般公開はすべて職員の引率で自由行動は遠慮いただく方法にしたのは、建物・家具調度の保存(勝手に歩き回って調度品を触ったり引き出しなどを開けないように、金唐紙に手を触れないようになど)のためばかりではなくして、正しい製糸業の歴史、(哀史払拭)のためであった。この時、その哀史払拭のためにどう説明するかという準備を進めてきたことに、やはりそれでよかったという安堵と、本気で説明に取り組まねばならないという思いがより一層強くなったのである。説明役は当面、製糸を考える会のメンバーが当たる。これまで工女や検番、経営者の聞き取りを通して研究・研鑽してきた体験的学習成果を実直に話せばいいのだ、とこの日の出来事は我々にとって新たな出発点となった、というわけである。
正しい製糸業の歴史とは、、、、、ぜひ来場ください。
結局、今日は来場者ゼロ。『旧林家住宅』の本を読みつつ思い出にふけるには長すぎる1日であった。